フィリピン企業の法令遵守と年次報告義務|会社秘書役が知るべき実務ガイド

フィリピン弁護士 Gracea Hephzibah R. Recta

フィリピンというダイナミックな市場環境の中で事業を展開する日本企業、またそれらを支援する金融機関にとって、現地の企業コンプライアンスを理解し、適切に実践することは、単なる法的義務にとどまらず、持続的な成長と信用構築の礎です。
積極的なコーポレート・ハウスキーピングと厳格な法令遵守は、リスクの軽減、業務効率の向上、そして誠実性・透明性・説明責任の文化の醸成に不可欠です。
本記事では、現地の法務専門家の知見をもとに、フィリピンにおける企業コンプライアンスとコーポレート・ハウスキーピングの要諦を解説します。

(本記事は、英語原文を編集部が翻訳し、日本語で公開しています。)

コーポレート・ハウスキーピングとは?なぜ重要なのか?

コーポレート・ハウスキーピングには明確な法的定義があるわけではありませんが、法律専門家の間では、秘書役(Corporate Secretary)が企業の法令順守を確保するために行う業務・責務全般と理解されています。いわば、企業活動における「社内の秩序を保つ」業務です。

この良好なハウスキーピングの重要性は過小評価できません。それは、契約書、監査、ライセンス申請といったあらゆる企業活動の法的安定性の基盤であり、非効率や罰則、評判の毀損を防ぐリスク予防策でもあります。
例えば、SEC(証券取引委員会)に対する「一般情報シート(GIS)」の提出を失念すれば、多額の罰金や手続きの遅延を招く可能性があります。

さらに、ハウスキーピングは企業のカレンダーやチェックリストの役割を果たし、文書の提出、会議記録、組織変更の報告を計画的に行うことで、時間の節約や業務の整流化にも貢献します。
また、透明性と説明責任を高めることで、投資家、規制当局、ビジネスパートナーの信頼を得ることにもつながります。
未提出や法令違反による損害(罰金・訴訟・ブランド失墜)は、予防的な対応に要するコストを遥かに上回るのです。

秘書役と法務部門の不可欠な役割

企業の健全なガバナンスを支える中核が、秘書役(Corporate Secretary)と法務・コンプライアンス部門です。彼らの業務は目に見えにくいものの、企業の法令遵守・情報整理・法的保護において決定的な役割を果たします。

秘書役

コンプライアンス管理、記録管理、各種提出書類の作成・提出を担い、SECやBIR(国税庁)などの政府機関との主要な窓口として機能します。提出期限の管理、記録の正確性の確保など、企業活動の正当性を守るキーパーソンです。

法務・コンプライアンス部門

法的リスクの分析、契約書レビュー、企業行動の法令適合性の確認などを担当します。企業の意思決定が現地法令に整合しているかを監督し、法的トラブルを未然に防ぎます。

両者は連携して、企業のガバナンスの質を担保し、法的責任の回避、戦略的意思決定のサポートを行います。

フィリピンにおける秘書役の要件(会社法第24条)

フィリピン改正会社法(RCCP)第24条に基づき、会社秘書は以下の要件を満たす必要があります:

  • 取締役選任後、取締役会の正式な組織化時に取締役会によって任命される(株主ではない)。

  • フィリピン国籍を有すること

  • フィリピン在住者であること

なお、秘書役に弁護士資格は必須ではありませんが、法的知識があることは大きな利点であり、ハウスキーピングの効率性や適法性を高めます。

基本記録の管理:ハウスキーピングの土台

良質なハウスキーピングは、正確かつ最新の企業記録を、安全に(紙または電子的に)保管することから始まります。代表的な記録は以下のとおりです:

議事録(Minutes of the Meeting)

取締役会や株主総会などの会議での議論・決議を記録した法的文書。改正会社法で義務づけられており、証拠文書としても活用されます。
署名は会社秘書と議長(会長または社長)が行い、提出時は出席取締役の署名も推奨されます。

取締役会決議書(Board Resolution)/証明書(Certificate of Board Resolution)

正式な会議で取られた決定を記録する書面で、契約締結や役員任命などの法的根拠として使用されます。

セクレタリーズ・サーティフィケート(Secretary’s Certificate)

取締役会の決議を証明する文書で、銀行や政府など第三者との取引で広く求められます。

株主名簿および譲渡簿(Stock and Transfer Book)

株主の氏名、株式数、譲渡履歴等を記録する公式台帳。

株券(Stock Certificate)

STBに対応する証拠文書で、株主の所有権を示します。

招集通知/通知放棄書(Notice of Meeting / Waiver)

通常、会議には事前通知が必要ですが、通知放棄書により正式通知がなくても正当化可能です。

年次報告義務:提出期限と罰則

フィリピンの法人は、SECへの年次報告義務を負っており、主に以下の2書類があります:

  • General Information Sheet(GIS):法人名、住所、役員情報などの基本情報を記載。

  • Audited Financial Statement(AFS):独立監査人による財務諸表。

提出期限と罰則(SEC通達 No.6-2024)

  • 「期限内」「遅延」「未提出」で区分され、月単位で罰則が課されます。

  • 前年度未提出分も「未提出」とみなされ、罰則対象です。

  • 最大で5万ペソ超の罰金が科されるケースもあり、5年以内に3回未提出で「違反企業」、6回目で登録取消しの可能性があります。

企業秘書や財務担当は、SEC eFASTアカウント経由で提出状況を厳密に管理し、指摘には即対応する必要があります。

その他の重要なコンプライアンス項目

最終受益者の申告(Beneficial Ownership Declaration)

SEC通達 No.15-2019に基づき、SEC登録企業は、実質的にその法人を所有している自然人の申告が義務づけられています。

電子連絡先の登録(MC28)

SEC通達 No.28-2020により、法人は公式メールアドレス・電話番号の登録と、その認証書を提出する必要があります(未提出:2万ペソ、遅延:5千ペソ以上)。

持続可能なビジネスへの賢い投資

日本企業や金融機関にとって、フィリピンにおける企業コンプライアンスとコーポレート・ハウスキーピングへの積極的な取組みは、戦略的な必須事項です。
法的に健全な基盤を築き、リスクを最小化し、業務効率を高め、あらゆるステークホルダーからの信頼を得ることができます。
優秀な会社秘書と法務チームによって支えられる強固なコンプライアンス体制は、フィリピン市場での長期的な成長と安定に不可欠な投資なのです。

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